南北600キロ、日本の支援で実現するミャンマーの大動脈


客車用の車両基地について熱く議論を交わす日本コンサルタンツの佐藤さん(左から2人目)とミャンマー国鉄のオー部長(右から2人目)(筆者撮影、以下同)

■ 車両基地の行方は

 乾期に入り、日陰に入ると涼しさを感じるほど空気もさわやかな昼下がり。2014年11月末、首都ネピドー駅に隣接するミャンマー国鉄(MR)の会議室で予定時刻を30分過ぎて始まった協議は、淡々と進んでいた。

 国内の最大商業都市ヤンゴンからネピドーを通り、第2の都市マンダレーに至る南北約600kmの鉄道を近代化しようと2014年7月から進められている詳細設計調査(D/D)の団員たちは、ミャンマー側に正式に提出する最初の報告書となる「プログレスレポート」の作成を控え、皆、気ぜわしい日々を過ごしていた。

 この日、MRを訪れていたのは、車両の定期点検や保守作業を行ったり、運行していない列車を停めておく車両基地の設計を担当する専門家チームだ。

 今日の議題は、旅客用の車両基地の建設場所を確定すると共に、設計に盛り込む施設の仕様についてMR側の了解を取り付けること。報告書の提出期限が年明けの1月末に迫る中、彼らもまた、「大まかな方向性について早くMR側と合意し執筆を開始しなければ」という焦りを感じていた。
 「プログレスレポート前の協議は今日が最後」。

マンダレーからネピドーに向かう鉄道の車内。大きな揺れが続く

 会議が始まる前、日本コンサルタンツ(JIC)技術本部の佐藤修さんと東日本トランスポーテック企画本部海外事務部の江森宣雄さんが、そう言いながらもどことなく心配顔だったのには理由がある。

 佐藤さんたちは、この2カ月あまり、何度もこのオフィスを訪れては場所や仕様について具体的に説明・提案してきたのだが、そのたびにMR側は「上司と相談しなければ」「検討して返事する」と繰り返すばかりで、何も決断してくれなかったのだ。

 「こちらの提案は至極当然の内容で、特に不満や不明な項目はないはずだが・・・」と首を傾げる佐藤さん。今日も回答が得られなければ、また明日かあさって来なければならないが、もう時間の余裕はほとんどない。

 「今日こそは前に進めなければ」と決意を固めてこの場にやってきた。

■ 国鉄資料にも記載

 淡々と進んでいた協議が急に白熱してきたのは、開始から1時間あまり経った頃だった。

 以前、ヤンゴン近郊のインセイン地区にある車両工場の工場長を務めていたMRのウィン・オー部長が、1枚の図面を机の上に広げた。これまで調査団が「イワタジ駅近くのMRの空き地に旅客用の車両基地を建設してはどうか」と渡していた図面とは、何かが違う。

 今から新たな場所を検討したいと言うのだろうか。どんな設備がほしいと言われるのか――。一瞬、佐藤さんたちに緊張が走った。


人工的なネピドーの街でも市場では人なつこい売り子の笑顔に出会えてほっとする

しかし、よく見ると、オー部長の図面には、調査団が提出したものと同じイワタジ駅が描かれている。調査団が提案した旅客用の車両基地の予定地の隣に、コンテナ貨物を積む貨車用の車両基地と、引込線と呼ばれる線路が1本、書き加えられていたのだ。

 「旅客用の車両基地を日本に建設してもらったら、貨車用の車両基地は自分たちで作りたい」と意欲を見せるオー部長の発言を聞き、胸をなで下ろした佐藤さん。

 「旅客用の車両基地の建設予定地がMR内部の資料にきちんと記載されたということは、われわれの提案がミャンマー政府内できちんと認識された上で、彼ら自身の計画も進められていると理解できる」と手応えを感じたようだ。

 続いてメンバーたちは、車両基地の設計に盛り込むべき仕様についても協議した。どれぐらいの規模でどんな設備が必要か明らかにするために、まず、佐藤さんは想定される車両基地の組織図をパワーポイントに映し出し、働く作業員の人数を「約700人」と見積もった。

 それに対し、オー部長は、組織図に書かれた部署1つ1つについて「この部署はこの下に持ってくる」「この部署は独立させる」「このポストを新たに作る」などと指摘。「全部で1000人以上の組織になるはず」だと主張した。

 その後も、気動車をどれぐらいの頻度で定期的に検査するか、年間に検査する車両は何両か、1カ月あたりの車両基地の稼働日を何日にするか、列車を停車させておく線路は何本必要か・・・など、細かい点にわたって協議が続けられ、話が詰められていった。

 2時間におよぶ協議を終えて調査団のオフィスに戻る車の中が「今日は大きく前進した。なんとかまとまって良かった」という安堵感と、ほっとした空気に満ちていたことは言うまでもない。


ネピドーの国会議事堂前には片道10車線の道路がのびているが、通行量はほとんどない
■ 協議は続く 

 一方、線路などの軌道や橋梁の設計を担当する土木チームも、やはりプログレスレポートに向けて協議が大詰めを迎えていた。

 車両基地チームが“熱い”協議を繰り広げた翌日にMRを訪れた土木チームは、軌道の専門家と橋梁の専門家ら計6人。

 軌道の2人にとっては、前日の朝に続いて2日連続の訪問である。前の日に合意に至らなかった枕木の間隔や、枕木の間に敷くバラストと呼ばれる砂利の材料などについて話を進めるためにやって来た。

 レールの規格によって枕木を置く間隔も変わってくるし、比較的軽量の気動車と重量のある機関車を将来的にそれぞれどれぐらい走らせるかによっても軌道の設計は変わる。話し合うべきことはたくさんあった。

 「現在は時速30km前後でゆっくり走行しているが、改良後は最大で時速120kmまで上がる。MR側にとってはまさに“未知の世界”だからこそ、丁寧に詰めていく必要がある」とオリエンタルコンサルタンツグローバル軌道交通事業部軌道交通計画の菊入崇さんは話す。

 一方、橋梁の専門家たちがこの日議題に挙げたのは、橋梁の規格だった。

 規格とは何か。一言で言えば、車両や地上設備といった多くのパーツの組み合わせから成る鉄道を高度な安全性と信頼性で運行するとともに、低コストで合理的に保守・維持管理するために必要な“共通ルール”だ。


2010年6月に完成した国会議事堂は東京ドーム70個分の広さだと言われる

例えば、安全性や品質を示すためには日本のJIS規格と国際標準のRAMS規格があるように、橋梁の設計にも米国規格や欧州規格、そして日本規格がある。

 第9回で紹介したように、ヤンゴンとマンダレーの間には長短合わせて400橋以上の鉄道橋梁が架かっており、今回、どの規格に準拠して橋梁を架け替えるのか事前に詰めておく必要があった。

 この日、MR側から出された要望は、「全国的に最も馴染みのある」(MR)という米国規格。しかし、橋梁で米国規格を採用すれば、当然ながら他の土木作業でもすべて米国規準が採用されることになる。

 鉄道輸出を議論する際、日本と世界の規格の違いがクリティカルなポイントになることは、筆者自身もこれまで何度も耳にしてきたが、実際にこうして協議で議論される場面に立ち会ったのは初めてであったため、思わず身を硬くしながら、半ば息を止めてやり取りを聞いていた。

 しかし、この日の土木チームとMRとの協議中、最も白熱した議論が交わされたのは、橋梁の「軸重」、つまり、どれぐらいまでの加重に耐えられる設計にすべきか、という議論だった。

 調査団側が17トンまで耐えられる設計(軸重17トン)を提案したのに対し、MR側の要求は、軸重20トン。

 MR側はその理由として、カンボジアやベトナム、タイ、マレーシアなどの周辺諸国が、2020年末を目標に軸重20トンで結ばれるべくそれぞれ改修を進めていることを挙げ、「ミャンマーとしてもこれを機に東南アジア諸国連合(ASEAN)の物流規格に合わせたい」と述べた。


幅広の道路や巨大ホテルの脇を牛車がのんびり走る
 域内の規格に合わせることはもちろん重要だ。しかし、軸重を上げれば上げるほど、当然、それに応じてバラストの敷き直しを含め施工コストも跳ね上がる。

 今回の近代化は無償ではなく円借款での実施が予定されている以上、ミャンマー側の返済能力も鑑みつつ軸重を設定する必要がある。結局、議論の結果、翌週再び協議を行うことになった。

■ ギャップを埋める

 それぞれの担当分野ごとにミャンマー側担当者と何度も協議を重ね、要望や理由を1つ1つ聞き出しながら提案を重ね、意見の落としどころを探るエンジニアたち。

 しかし、いかに多くの人に雇用を提供するかという点にプライオリティーが置かれるミャンマーと、人件費を削減するために急速な省力化が進められてきた日本の間に広がるギャップは決して小さくない。

 日本規格のスペックインを視野に入れ、このギャップを埋めるべく協議を重ねる彼らの姿は、まさに、会議室が「もう一つの“現場”」であることを体現していると言えるだろう。

 2014年12月上旬、専門家たちはそれぞれプログレスレポートの執筆を開始し、今年1月末、ミャンマー側に提出した。

 今後、そのレポートに対してMRから寄せられるコメントや要望を踏まえ、7月を目途に基本設計(B/D)を作成するという。タイトなスケジュールの中、会議室とフィールド、両現場で調査団の奮闘が続く。

 (つづく)

 本記事は『国際開発ジャーナル』(国際開発ジャーナル社発行)のコンテンツを転載したものです。
玉懸 光枝


JBpress

Posted by hnm on 水曜日, 9月 02, 2015. Filed under , , , , . You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0

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