東南アジア最大の鉄道網を延伸し続けるミャンマー







ヤンゴン市内の環状線の北側半周は農地を走るため、駅周辺は線路ぎりぎりまで野菜や果物などの露天が並びにぎわいをみせる(著者撮影、以下同)

年に100kmを新設

 東京・霞ヶ関の経済産業省で2014年10月2日、内閣官房長官が議長を務める「経済協力インフラ会議」の第13回会合が開かれた。この日のテーマは、2013年3月に開かれた第1回に続いて1年半ぶり2回目のミャンマー。

 当日は、同国におけるさまざまな開発事業への日本企業の参画を促す取り組みについて議論。ヤンゴン近郊のティラワ港や石炭火力開発と並ぶ当面の重要案件として、最大の経済都市ヤンゴンと第2の都市マンダレーを結ぶ幹線鉄道とヤンゴン市内の環状鉄道の近代化事業が挙げられた。

 昨年11月中旬には、安倍晋三総理がASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議に出席するために同国を訪問。東シナ海や南シナ海における法の支配の強化を呼び掛けると共に、ヤンゴンの都市交通の改善に向け全力を挙げて支援することを表明。テイン・セイン首相は「これを歓迎する」と述べた。

 ミャンマーの鉄道はユニークだ。第1に、その長さ。ベトナムが2554km、タイが4043km、インドネシアが約4861kmであるのに対し、この国は総延長距離5844kmと、東南アジア諸国の中で群を抜いて長い。さらに、域内では珍しく、幹線部分700kmが複線化されている。

 第2に、今なお続く延伸工事。他の東南アジアの国々の鉄道の多くが1950年代に整備され今日に至っているのに対し、この国では、大規模な民主化運動デモが起きた88年以来、今日に至るまで新設され続けている。

 この25年間で約2470kmが新たに敷設された。年100kmの計算だ。ミャンマーがいかに鉄道建設を重視してきたかを物語る数字だと言えよう。


 特に重視されたのは、地方部への延伸だった。鉄道運輸省のセイヤー・アウン前大臣は本誌のインタビューに答え、「多民族国家としてそれぞれの民族が自由に国土を移動し、交流し、平等に発展を享受できるということも鉄道の重要な役割だと認識し、特に地方部において路線の拡大に努めている」と述べている(第3回参照)。

その言葉通り、広大な国土に多くの民族を抱える同国政府が、地方開発や少数民族対策という観点からネットワークの拡大を目指した結果、現在、全7州7管区のうち、チン州をのぞくすべてが鉄道ネットワークでつながっている。

「貧しい人の乗り物」

 しかし、線路や車両の維持管理や更新作業よりも新線建設が優先され、予算も新線につぎ込まれたため、既存の路線は急速に老朽化が進んだ。

 特に線路の維持管理については、保線技術が未熟である上、作業自体がほとんど行われなかったことから、線路は一見してすぐ分かるほどうねったりたわんだりしている。脱線や衝突事故は年間650件以上に上り、遅延も日常茶飯事。

 乗り心地はと言えば、鉄道運輸省の職員ですら「あばれ馬に乗っているよう」だと言うほど、上下左右にひどく揺れる。

 こういう状態であるため、少しでも懐に余裕のある人は長距離バスや自動車、あるいは飛行機で移動するようになり、鉄道は「貧しい人々が乗るもの」だとして甚だ人気がない。



大きな荷物を持った乗客でにぎわう環状線の車内

 現在のタン・テー大臣は、「毎日400本以上運行しているにもかかわらず、ほとんどの路線で収益が上がっていないか、赤字の状態」だと打ち明け、危機感を募らせる(第6回参照)。

 日本政府が2013年6月より国際協力機構(JICA)を通じて派遣している鉄道政策アドバイザーの東充男氏によると、全37線区の中で1日の利用者が2000人を超えているのは9線区だけだというのだが、実はこの1日2000人というのは、かつて日本で線区を廃止するかどうか判断する規準とされていた人数だという。



列車の走行状況を示すボード。電話連絡が基本だ

 東氏は、「鉄道は、高速で大量に人やモノを運ぶ時にはメリットを発揮するが、量が少ないと効率が悪い」とした上で、「幹線鉄道のサービス向上と共に、1日1~2往復程度しか走っていないローカル線の運営の仕組みをどうすべきか、鉄道政策全体の検討が必要」だと指摘する。

 「このまま放置すると、この国の鉄道はあと5~10年のうちに誰にも使われなくなる」――。現状に危機感を抱いたミャンマー政府が、鉄道を近代化し、旅客や貨物の輸送にとって重要な経済基盤インフラとして生まれ変わらせるべく日本に協力を要請してきたのは、こんな背景からだった。




電気・軌道総合検測車に初めて乗ったミャンマー鉄道の職員たち

日本に学ぶ維持管理

 昨年10月末、東京駅4番線ホームはいくぶん閑散としていた。13時04分発の京葉線下り列車が発車した数分後、白地に赤いラインの電車が静かに滑り込んできて停車した。電光掲示板の表示は「試運転」。

 ベンチに座って談笑したり、携帯電話をいじりながら隣の3番線で次の発車を待っている人々は特段気付いている様子がないが、この列車、よく見ると窓が極端に小さい。

 開いたドアからは、座席の代わりに箱型の機械が並んでいるのも見え、明らかに通常の旅客用列車ではないことが分かる。

 そう、これは、線路のゆがみや振動を計測し、異常がないか点検するために使われる「電気・軌道総合検測車」。普段はなかなか目にする機会のない、鉄道ファンにはたまらないレア車両だ。

 しばらくすると、中から蛍光色の安全帯を身に着けた人々が8人出てきて、ホームに降り立った。事故や脱線のない安全で正確な鉄道輸送サービスの実現を目指し、2013年8月より行われている技術協力のカウンターパートたちだ。

 プロジェクトの一環で実施される日本での研修に参加するために来日した彼らは、普段はミャンマー国鉄(MR)の組織運営に携わっている。



鉄道の安全性を強調するウィンナイン氏

 研修員の中のリーダー役であるウィンナイン氏は、「ミャンマーでは、線路のゆがみは目視で調べるしかないため、時間も費用もかかる。今回、初めて検測車に乗ったが、短時間で正確に記録でき、素晴らしい」と興奮気味だ。

 「ミャンマーの鉄道は、本来必要な維持管理作業のうち6割程度しか実践できていない」と冷静に分析した上で、「鉄道事業で最も重要なのは安全性。それを実現する維持管理について学びたい」と話してくれた。

 2週間の滞在中、一行は秋田県男鹿半島を訪れ、ミャンマーと同じ非電化路線である男鹿線のディーゼル車両にも乗り日本の仕組みを見て回った。

一方、ヤンゴン市民の「足」である環状線鉄道の近代化に対しても、日本の協力が検討されている。



車体をラッピングして広告収入を得ようという取り組みも広がってきた

 JICAは2014年4月より15年3月まで「ヤンゴン環状鉄道改修事業準備調査」を実施。

 山手線の1.4倍の距離ながら、一周するのに約3倍の3時間を要するほど線路の老朽化が深刻なこの環状線の近代化に向けたインフラ整備と、駅および駅周辺の一体開発についてのフィージビリティー調査を、オリエンタルコンサルタンツグローバルと日本工営の共同企業体が受注した。

 また、民間ベースの取り組みも非常に盛んだと東氏は話す。中でも大きな注目を集めているのが、ヤンゴン中央駅の改修・開発計画。関心表明にはシンガポールやタイなど30グループ以上が名乗りを挙げ、大規模な国際入札になることは必至だという。

 とはいえ、MR自身にとっては、これほど大規模な入札事業は初めてであるため、日本は同省からの相談に応え、サポーティングコンサルタントとして入札支援を行うことを決定。

 日本コンサルタンツ(JIC)とオリエンタルコンサルタンツグローバルが、ヤンゴン中央駅の将来を見据え、駅構内や周辺用地の開発エリアを線引きするゾーニングや入札図書の作成支援にあたっているという。

 さらに、鉄道の運行には欠かせない気動車の更新も喫緊の課題だ。東氏によると、ミャンマー国鉄は現在、約200両の気動車を所有しているが、うち半分は壊れて使いものにならない状態だという。



早朝のマンダレー駅で列車を待つ人々

 もともとこの国の気動車は、日本で使われなくなったものをミャンマーの商社が買い付け、軌間を調整して納入しているが、設計図面や維持管理の方法がきちんと伝えられておらず、1台が壊れると、別の1台の部品と交換して使っているため、こうした状況になっているという。

さらに、東氏は「日本政府が力を入れているティラワ港の開発計画が進んで工場の建設が始まれば、通勤客も増え、ティラワと市内をつなぐ鉄道整備のニーズも出てくるだろう」と指摘。

 その上で、「例えば同国の観光地パガン周辺でSL観光列車を走らせたり、一部民営化する構想も生まれている」と話す。

 このほか、日本財団や運輸政策研究機構も調査や維持管理機材の供与などを通じ、この国の鉄道の近代化を支援している。




ヤンゴン駅に入線した日本の中古車両

 こうしてさまざまな鉄道事業の構想が動き出す中、目玉事業の一つと言えるのが、ヤンゴン~マンダレー間の幹線鉄道の近代化に向けた借款の供与だ。

 2014年夏まで続いていた全国運輸交通マスタープランでも、2020年までは基幹インフラに注力すべきことが提言されたのを受け、同年8月、詳細設計調査(DD)が始まった。

 1年半におよぶマスタープラン調査では、現状の交通量や各交通モードの利用状況を調べた上で、20年後、30年後の将来的な需要を予測し、優先的に進めるべきプロジェクトのリストアップを行ったが、DDで目指すのは、着工に向けた実際の図面作成だ。



鉄道の保線は安全性の向上に不可欠な作業だ

 地質や信号、電機など、分野ごとに専門家が数人ずつ配置され、より詳細な調査が行われる。オリエンタルコンサルタンツグローバルをはじめ、JICやパシフィックコンサルタンツなど、5社の共同事業体(JV)として結成され、総勢約60人の専門家が参加している。

 さまざまな形で奮闘する日本の技術者たちによって、難題山積のこの国の鉄道がどのように変わり、人々の暮らしが変わっていくのか。計画段階から具体段階へと進んだヤンゴン~マンダレー間の幹線鉄道の改修を筆頭に、この国における鉄道の「復権」計画が始まった。

 (つづく)

 本記事は『国際開発ジャーナル』(国際開発ジャーナル社発行)のコンテンツを転載したものです。

玉懸 光枝

JBpress


Posted by hnm on 金曜日, 8月 14, 2015. Filed under , , , , , , , . You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0

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